玉置神社と熊野三山に行って来ました。その②

 

Fortun Rider Reiryu(^^)v
その②大斎原から熊野三山の1つ熊野本宮大社さん編

先週の7月30日(日)早朝から
玉置神社と熊野三山へお詣りとお墓参りを兼ねてバイクで走ってきましたo(^-^)o
玉置神社→大斎原→熊野本宮大社→
摂社神倉神社→熊野速玉大社→
熊野那智大社→那智の滝→お墓参り

総走行距離640㎞の
ソロツーリングに行ってました(*^^*)

その①では、玉置神社さん編でしが今回は、大斎原から熊野三山の1つ熊野本宮大社さん編です

大斎原までお詣りさせて頂き、産田社をお詣りさせて頂いた頃までは曇り空でしたが、熊野本宮大社の本殿にお詣りの最中からポツポツと降りだしバイクを停めてあった所に戻った頃には本降りに(*^^) そのまましばし雨宿り、5分ほどで程なく雨も上がりいざ摂社神倉神社さんへ

※熊野本宮大社の写真は先々週?7月16日にも行かせて頂いた所なのであまり撮りませんでした。

 

※お参りとお詣りの違いは、お参り=仏様 お詣り=神様 となりお寺やお墓へは、お参り。神社に行かれる場合は、お詣りになります(*^^)

Fortun Rider Reiryu(^^)/
その②大斎原と産田社と熊野本宮大社編

大斎原(おおゆのはら)
熊野本宮大社 旧社地「大斎原」
http://www.hongu.jp/kumanokodo/hongu-taisya/ooyunohara/

神が舞い降りたという大斎原。 熊野本宮大社がもともとあった場所とも言われています。
現在は2基の石祠が祀られているのみですが、とても気持ちのよい場所でした。
近年はパワースポットとして多くの人が訪れています。

熊野本宮大社はかつて、熊野川・音無川・岩田川の合流点にある「大斎原(おおゆのはら)と呼ばれる中洲にありました。明治22年(1889年)8月の水害時まで熊野本宮大社は「大斎原(おおゆのはら)」と呼ばれる中洲にあったそうです。そしてかつての本宮大社は、およそ1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿が立ち並び、幾棟もの摂末社もあり、楼門がそびえ、神楽殿や能舞台、文庫、宝蔵、社務所、神馬舎などもあり、現在の8倍もの規模を誇っていたそうです。
その大水害が本宮大社の社殿を呑み込み、社殿の多くが流出したため、水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座しまし
た。かつて多くの人々の祈りを受け止めた大斎原には、流失した中四社・下四社をまつる石造の小祠が建てられています。

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産田社(うぶたしゃ)

熊野本宮大社の末社である産田社(うぶたしゃ)
産田社は、八百万(やおよろず)の神々をはじめ、全てを創造したとされる伊邪那美尊(いざなみのみこと)が祀られています。産田社で、新進創造のパワーを授かりましょう。

御祭神は伊邪那美命(イザナミノミコト)(荒魂)産守り(うぶまもり)につてい書かれていました。
『 八百万(やおよろず)の神々をはじめ、
総てを産みだされた産土(うぶすな)の神と仰がれる産田社(うぶたしゃ)に鎮まります伊弉冉尊(いざなみのみこと)の荒御魂(あらみたま)の御力(みちから)を受けられる

「産守り」は、熊野本宮大社でお頒かちしております。』

主な御利益ー子授け・安産のご利益

国生みをなされた伊邪那美命(の荒御魂)が祭神として祀られています。その為に特に女性が足を運ぶ社で、子授け・安産のご利益を求めて
参詣者が絶えないようです。

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熊野本宮大社
※先々週行ったので写真ほぼ無しです(^^;)

熊野本宮大社の公式ホームページ
http://www.hongutaisha.jp/

全国3000社ある熊野神社の総本宮全国熊野 神社です。上四社、中四社、下四社の三社からなり熊野三所権現と言われます。

主祭神は、家津美御子大神(スサノオノミコト)です。

歴史を遡ると、古代本宮の地に神が降臨したと伝えられています。
三本の川の中州にあたる聖地、大斎原に社殿が建てられたのは、飛鳥時代(615年)のことでした。奈良時代には仏教を取り入れ、神=仏
としておまつりするようになります。

祭神
熊野本宮大社の社殿・祭神・本地仏

上四社
第一殿 西御前
熊野牟須美大神・事解之男神 千手観音
第二殿 中御前
速玉之男神 薬師如来
第三殿 證証殿
家都美御子大神 阿弥陀如来
第四殿 若宮
天照大神 十一面観音

中四社
第五殿 禅児宮
忍穂耳命 地蔵菩薩
第六殿 聖宮
瓊々杵尊 龍樹菩薩
第七殿 児宮
彦火火出見尊 如意輪観音
第八殿 子守宮
鵜葺草葺不合命 聖観音

下四社
第九殿 一万十万
軻遇突智命 文殊菩薩・普賢菩薩
第十殿 米持金剛
埴山姫命 毘沙門天
第十一殿 飛行夜叉
弥都波能売命 不動明王
第十二殿 勧請十五所
稚産霊命 釈迦如来

前述の通り、1889年(明治22年)の熊野川水害により熊野川中洲にあった旧社殿は破損し、上四社のみが現社地に再建された。中四社およ
び下四社の社殿は再建されず、旧社地に2基の石祠が建てられた。

※なお神域内の上四社・大斎原とも基本的に撮影禁止であり、撮影を希望する場合は社務所にて許可が必要。

※本宮石段の途中左側には戦没者の英霊(下)と祓戸の大神(上)がそれぞれ祀られている。

ウィキペディア 熊野本宮大社
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E9%87%8E%E6%9C%AC%E5%AE%AE%E5%A4%A7%E7%A4%BE

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熊野三山信仰について
熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社を合わせて熊野三山といいます。
熊野の神々は自然信仰に根ざしていましたが、奈良~平安時代にか
けて熊野は仏教・密教・修験道の聖地ともなり、神=仏であるという考え方が広まりました。
その影響を受けた三山は結びつきを深め、同じ12柱の神々(=仏た
ち)をおまつりするようになります。熊野三の神秘性はますます高まり、平安時代の末には「浄土への入り口」として多くの皇族や貴族がお参りするようになりました。浄土へお参りし、帰ってくるということは、死と再生を意味します。そのため熊野三山は「よみがえりの聖地」として、今なお多くの人々の信仰を集めています。

熊野三山
熊野本宮大社(田辺市本宮町)(未来)
熊野速玉大社(新宮市)(現在)
熊野那智大社(那智勝浦町)(過去)

熊野本宮大社・熊野速玉大社(御船島および神倉神社境内を含む)・熊野那智大社および補陀洛山寺・青岸渡寺の3社・2寺と那智原始林・那智滝はいずれも文化財保護法の指定対象であり、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産の一部「熊野三山」となっている

ウィキペディア 熊野三山
https://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E7%86%8A%E9%87%8E%E4%B8%89%E5%B1%B1

 

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